2014年06月13日

対馬の旅 (アンジなし)

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こんにちわ
今日はアンジパパとママが先月行った旅の話をします。
わたしはお留守番でした。

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パパとママは2泊3日で対馬に行きました。

魏志倭人伝に出てくる最初の倭の国は対馬。 
そこは「至る所絶島、山険しく良田なく人々は海産物で自活』とあります。

この国境の地は日本史の中でずっと重要な歴史を刻んできました。
対馬は長崎県ですが、福岡から130キロ、一方、釜山からは50Kのところに位置しています。
対馬市は人口4万人ほどですが、対馬を訪れる日本人観光客は年間5万人と言われています。

対馬の旅行ガイドブックも簡単に見つかりませんし
見所の沢山ある九州の観光地としても他の人気スポットに及ばないのかもしれません。


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アンジママを探せ!@和多都美神社

対馬を訪れる韓国人観光客は13万人以上。
この写真が物語るように、どこへ行っても日本人観光客はいません。
一方で韓国人のツアー客は多いので、ホームなのにアウェーの感じです。

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烏帽子岳から見た眺望

対馬で一番気に入った眺望です。
リアス式海岸と島々を臨む風光明媚な場所でした。


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この浅瀬の入江は対馬中部にある西の漕手という処です。
島の東西幅が160mしかなく西からここまで船が着くと
陸を船を曳いて東の浦に出たそうです。
仏教も遣唐使もここを通って本土へと渡って行った交通の要所は
静かに水をたたえていました。

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大陸をうっすらと望めるこののどかな小茂田浜(写真)に
900隻の船と3万の蒙古軍が現れたのは900年前。
わずか80騎で応戦した守護代宗氏は全滅、一日にして対馬は落ち
蒙古軍は博多、太宰府と進軍するも悪天候に阻まれ自滅したのが元寇です。 

国境の国、対馬は歴史的に幾度も大陸の脅威にさらされ防人としての役割を常に負い、
同時に長崎にも劣らない外交、交易の要所でした。


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これはロシアの友好の碑。
あの日露戦戦争でバルチック艦隊を日本海軍が破ったのも対馬沖でした。
その後、対馬に漂着したロシア兵を地元の人は手厚く看護したそうです。

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対馬と言えばツシマヤマネコ。
このような道路標識もよく見かけました。

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こちらは、福馬君。
ツシマヤマネコは、家ネコと似ていますが特徴は丸くて白い耳です。

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対馬藩 宗家の墓地

対馬藩は十万石ほどでしたが、その墓地は毛利家、前田家と並んで日本三大墓地
のひとつだそうです。
とても立派でした。

国防政策上、開発が遅れたお陰で、美しい自然が残っている対馬。
土地柄、砲台、見晴し台、公園も多く、よく整備されていますが
コンビニやお店はほとんどありません。

古代より近世まで日本の歴史に深い関わりのあるこの場所は
今日でも大陸と日本をつなぐ要所です。

また訪れたい。


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posted by Angie Mom at 20:50| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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